東京地方裁判所 昭和33年(ワ)3697号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と争点〕原告は昭和三一年七月以来東京都豊島区池袋二丁目において「トキワ・スタジオ」と称する一般芸術写真愛好者に一定の使用料を徴してヌード、モデルとスタジオを提供する写真用モデル付貸スタジオを経営しているものであり、原告B子、同C子はそれぞれ原告Aに写真用モデルとして雇われ働いているものであつて、原告等の仕事の目的は芸術作品の創作に協力するにある。被告は週刊紙「日本観光新聞」を発行する会社であつて同新聞は全国に頒布され、発行部数四〇万と称せられている。ところが昭和三三年四月三日午後七時ころ、「トキワ・スタジオ」において池袋警察署員により公然猥褻罪の嫌疑で、原告Aは家宅捜索令状及び逮捕状の執行をうけ、証拠物件を押収されるとともに逮捕され、また原告B、Cも公然猥褻罪の現行犯の嫌疑によつて同警察署に連行され、いずれも二日間留置され、釈放後東京検察庁において取調をうけているが、原告らは芸術の線を踏み外していないので無罪を確信している。しかるに同年一四日発行の「日本観光新聞」第四四三号は本件検挙事件を取上げ、七面の殆んど全頁に亘り「カメラで捉えた秘密売手入れ」の見出の下に虚構の事実を附加し、興味本位に編集されたものであつて新聞本来の使命である警世的意図は認められない。原告らは秘密売春組織をもつたことも、売春をし、またはさせたこともない。「日本観光新聞」は多数の読者に頒布され、右記事により原告らの名誉は毀損され甚大な精神上の苦痛を蒙つたので、慰藉料の支払いを求めると主張した。被告は本件記事は公益に関するもので、たとえこれによつて原告らの名誉が毀損されるに至つた事実があるとしても、それは新聞の社会的報道機関としての正当業務の範囲に属するものとして社会通念にてらし損害賠償責任が否定せらるべきである。(争点)と抗争した。判決は右争点について後記のとおりの原則論を展開したが、本件記事中原告らの売春に関する部分は極めて具体的断定的であるが、本来売春は女性によつて著しい不名誉な行為であるから、報道機関と雖もよほど確な資料がなければかような具体的、断定的な報道をなすべきでない。それ故この点について被告の取材記者ないし編集者に過失があると判断し、その他の記事については過失の成立を否定した。
〔判決理由〕おもうに、刑事事件に関する事項を報道機関たる新聞紙上に掲載し、これを頒布したことによつて人の名誉を毀損した場合には一応公益のためになされたものとして、その記事が真実であれば担当記者及び編集者従つてまた新聞社は被害者に対する不法行為上の責任を免れるものであるが、本件のような関連性ある事件の記事の一部が真実であることが認められないときでも、担当の捜査官その他信頼すべきところから入取した材料に基づいて作成されたものであり、かつ、その材料から記事の事実を推定することが常識に反しないような場合には、特段の事情がない限り、当該記者ないし編集者にはその点についても過失がないものとして不法行為上の責任を免れるものと解するを相当とする。これを本件についてみるに、前示ように「トキワ・スタジオ」は売春行為のほか売春組織の連絡場所でもあつて原告柳は同スタジオを利用してモデルが客に売春することの周旋をしていた疑が極めて濃厚である事実、前掲乙第一、二号証、第三号証の一、二、検証の結果、証人杉浦嘉明、馬橋良蔵、車田譲治及び渡辺皓の各証言を綜合して認められる、本件記事の材料は、被告の取材記者が、検挙に当つた池袋警察署の保安係長以下の署員、及び知人を介して、「トキワ・スタジオ」の客となつてヌード・モデルの猥褻な姿体を撮影し、また、モデルと出張撮影の形式で旅館に投宿して猥褻な姿体を撮影した上代償を払つて性交した者等から入手したものである事実及び本件検挙がなされるに至つた原因その他前示諸般の事情を斟酌すれば、原告柳に関する限り、被告の記者従つてまた編集者が本件記事に符合する事実があるものと推断してもその判断は常識に反しないものというべきであるから特段の事情の認められない本件においては、この点についても同記者等には過失がなかつたものとみるを相当とする。してみれば、原告柳の請求は他の争点について判断するまでもなく、すでにこの点において排斥を免れないものというべきである。(石田実)